アトツギの旗手たち
自分の「好き」をお客様のために。信念と遊び心の共存。

(株)田淵金物 代表取締役社長
田淵裕章さん(41)

 田淵さんは、いつも楽しそうな人である。少し前まで青年会議所の理事長を務めたようなビジネスマンとしての顔だけではない。キャンプ、登山、バンド…。その多趣味さをのぞいてこの人を語ることはできない。「遊び心がないと楽しくないし、ただ生産性を上げるだけじゃだめ。お客さんの現場に遊び心を提案したい」と、徹底的に楽しむ心で金物業界をリードする。

大学時代、20歳で父が急逝。

「訳も分からず、手探りでしたよ。がむしゃらとはあのこと。でも、勢いだけはあったかなぁ」。若かりし自分を懐かしそうに笑う。20歳のとき、父・幸雄さんが急逝。福岡の大学に在学中だったが、創業明治30年という老舗金物屋を継いでいく責任感を感じないわけがなかった。

大学時代は、バンドやDJなど音楽活動に熱中し「(父が亡くなって)めっちゃ焦りました。のほほんと遊び呆けていたから」。何からどうすればいいのか分からないながらも、田淵さんは動いた。福岡の問屋さんを訪ね、週2回無給で営業について回らせてもらうことに。そこで感じたのは物流形態の変化だった。農業器具などを販売する大型店やインターネットの普及で物が回転しなくなっており、小売店へシフトする必要性を感じた。

「それまではうちのような地方問屋は、販売店に卸すのが主だったけど、福岡で上手に回っている問屋さんにつかせてもらった。客観的にいろんなことが見られたあの一年は大きかった。それなしで帰ってきてたら今はないですね」

がむしゃらに、商売の本質を学ぶ。

同社は、元々ホームセンターのない時代に生活雑貨や農業肥料なども扱っていたが、社長となった母の下で田淵さんは改革を断行。不採算アイテムを徐々に無くし、時代に合わせてマキタといった工事器具系の品揃えを強化した。「特にマキタはブランドイメージも高いし、アイテムのターゲット層も広い。当時力を入れているところもなかったので、販売シェア一番を10年で達成しようと思っていました」

正解はわからなかったが、思う道を信じるしかなかったという。「僕のわがままで方向転換していったし、軌道に乗せるしかなかった。それに、超がつく負けず嫌いなんで」。元々剣道をしていたからか、勝負事へのこだわりは昔から強く、商売も強気な姿勢を貫いた。それこそ、他社との競争に勝つためには、なんでもやるくらいの覚悟だった。

名刺の渡し方すらわからなかった青年は、日々販路拡大やビジネスチャンスを血眼になって探した。「同業者からは後ろ指をさされるし、何回もくじけそうになりましたよ」。自分は商売人としてうけ入れられるだろうかー。サラリーマンの方が良かったんじゃないかー。日々、葛藤の連続だった。

そんな中で、気づいたことがあった。「商売は勝負ではない。お客さんのために何ができるかという本質にようやく気づけた。自分のエゴで『これを売りたいから買ってくれ!』ではなく、どうしたらお客さんの生産性が上がるのか、喜んでもらえるのかを考えるようになった。そうすれば必ず結果は出る」と話す。

自分が好きが大事。それをお客さん、地域に。

「もっとお客さんに提供したいという思いを抑えきれなかったんですよね」。昨年10月に鳥取市叶にオープンした「FARM MART」は、その一つの集大成のような店だ。「理念がしっかりしたメーカーのものを扱いたい。安く量だけを売ろうとしているところはダメで、悪循環しか生まない。ポリシーがしっかりしているかが大事」。そんな目利きで扱う品物が広々とした店内にずらりと並び、様々な顧客が次々に来店する。
最近では、林業道具にも力を入れ始めたとか。「自然が大好きで。林業家に仕事をしてもらわないと山も荒れ放題になる。山の仕事もサポートしたいと思ったんです」と言う。さらに田淵さんの〝好循環〟の視点は広がる。「木を切って、薪割りして、それを薪ストーブで使う。それで生活が豊かになっていく。それをもっと知ってもらいたいんですよ」。今や薪ストーブの販売、施工も扱う他、キャンプに使うような調理器具も販売。その先に「楽しい」が見えてくる品揃えが、いかにも田淵さんらしい。

「基本的に自分が好きじゃないと嘘になるじゃないですか。その上で、自分たちがやっていることが結果として地域循環のお手伝いにつながり、結果として社会貢献になるビジネスをしたい」

取材中、林業家が来店。田淵さんは色々気になるようで、製品の使い心地や困りごとなどを聞いて情報収集に余念がない様子だった。きっと頭の中にはワクワクにつながる絵が広がっていたのだろう。熱心に耳を傾けるその顔は笑っていた。

(文・写真/藤田和俊)

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